今日はおとぉとの運動会前編(?)なので
多分
帰ってきてからでは何も出来ないと思い
前もって予約投稿しておきます。

養父柴田勝家と母お市亡き後で

三姉妹が身を寄せたのが
織田家の跡を継いだ
三法師の居城安土城でした。

伯父の信長が建てたその
豪華なお城
も
殆ど見る影も無かったでしょう。

三法師が城主となってはいるものの

実質的に後見役になっていたのは
豊臣秀吉
です。
そこで焼く2年を過ごした頃に
思いもかけない縁談話
が持ち上がりました(゜ロ゜;
まずは順番から言っても
長女のお茶々かと思いきや
何とっ!
一番末っ子のお江に対しての
結婚話を持ってきたのでした。

これには
秀吉のある考えが隠されていますが
それはまた、後ほどのお話で詳しく語りたいと思います。

お江の結婚相手の名は
佐治一成(さじ・かずなり)といって
伊勢湾の海上交通を掌握していた佐治水軍の当主です。

当時の軍事力は海軍が物を言った時代。
陸路は今のように整備もされていなかったので
海軍を傘下につけるという事が重大になっていました。
つまり
自分の手駒(子供)

がない秀吉は
元主君の血筋を上手く使って
権力を拡大しようと目論んでいたのですね。
当の佐治一成の母はお市の姉のお犬という人で
二人は
イトコ同士の結婚という事になります。

この時代には別に珍しくも何とも無かった
極々普通の結婚というわけですね。

この結婚の時のお江の年齢は
僅か
満11歳でした!

昔は初潮が来ると
「女」として
結婚適齢期になったと言われていました。
今なら小学生妻という按配ですね i|i|(OωO`)i|i| エェッ!?
お江の以後の
結婚生活
については
また来週っ!(* ̄O ̄)ノ
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