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天皇家の誇り―光明皇后―

蒸し暑い毎日が続いてますね~

このままだとアイスクリームのように

溶けてしまいそうな気分です(;´д`)








一人娘の阿倍が女帝として即位して

甥の仲麻呂が権力を握り

藤原全盛期の足掛かりを担った安宿ですが

その胸の内はどんな様子だったでしょうか?







藤原氏出身とはいえ母は橘三千代ですから

当然橘諸兄とも兄妹の関係です。

聖武天皇存命中は藤原氏橘氏

権力を争った形になっているので

安宿にとってみれば

異父と異母の身内同士の争いともいえます。

当時の結婚形態は「妻問い婚」

生まれた子供は母の元で暮らす事から考えても

安宿は「藤原一辺倒」だったとは限りません。








これが娘の孝謙天皇の時代になると

初めのうちは藤原氏にべったりで

政敵諸兄が酒の席で愚痴をこぼしたのを逆手に取り

追い詰めて退任させてしまいます。






聖武天皇の遺品の一部を東大寺の正倉院に寄付したのも

夫が障害をかけて建立した大仏の側に

想い出の品を納めたかったのでしょう

安宿にとっては藤原氏よりも橘氏よりも

夫・即ち天皇家が第一だったのだと思います。



因みに「光明皇后」という名前ですが

光り輝く美しさからというのは

後の世の人が想像して付けたもので

元々は「美しい人」という記述はありません。






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| 家族の徒然 | 22:38 | comments:4 | trackbacks:0 | TOP↑

COMMENT

光明

こんばんは
暑くて寝られないから外に出たら
下弦の月が雲間から見えてました。
なかなか寝られません。
名前って後世でどうにでもなるのね。
でも凡人はダメでしょうね。
もうこんな時間ですが
ここは室内28℃あります。
外で寝よかなぁ(T_T)

| 敷島 | 2010/07/05 02:05 | URL | ≫ EDIT

敷島さんへ

歴代天皇も後世につけられた名前ですね。
神武天皇=カムヤマトイワレヒコとか

当時の名前で言われたら全く
ワケワカラン  という人も多いでしょう。



アマノヌナハラオキノマヒトとか長ったらしい名前も


因みに天武天皇ですけど。

| イェモン | 2010/07/05 19:48 | URL |

楽しみにしていた記事から読ませていただきました~^^
光明皇后っていうと、聖武天皇によりそい、慈悲深く信仰あつかったイメージです。
イエモンさんの詳しいお話で、藤原一族との間で揺れ動く・・・実家か?夫か?という人間らしさが見え隠れして面白かったです^^

でも、人間くささ?でいうと孝謙天皇の方が面白いですけどね~wwwww

昔は日本語の音も今とは違ったものだったようですよ。
飛鳥の地名は「アスカ」という音が残っていてあとから「飛鳥」という字をつけたとかなんとか・・・そして今は「明日香」です。

まずは「音」ありきで、口伝えから文字で伝わり・・・今こうして伝わっているのですから面白いですよね~

やっぱ日本史は面白いっ!

| みいみい | 2010/07/06 23:59 | URL | ≫ EDIT

みいみいさんへ

信仰心の裏側で様々な葛藤があったと思います。
長屋王事件が後に冤罪だったとか暴かれてますから。

孝謙天皇も天皇になっていなければ
平穏な生活を送れたんでしょうね。

日本史に限らず歴史を「物事」からでなく
その時代に生きた「人間」の立場に立って考えると
より一層興味深くなる    と
ワタシは勝手に思っています。

| イェモン | 2010/07/07 22:59 | URL |















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