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屈辱を晴らした日―東三条院詮子―

一般的に女性の執念深さはヒトシオ41とか言われますが、

ワタシは記憶力が悪いせいか

一晩寝たらコロっと忘れてしまう事が多いようです。7

 

 

 

父・兼家だけではなく詮子自身にとっても

待ちに待った我が子懐仁の即位です20

以前、立后(皇后を決めること)に敗れたこと

嫌味を言われてきた日の屈辱406

それらを全て払拭させるかのように

詮子は皇太后の位につきました。513

これは、円融天皇の妻としてではなく

今上帝一条天皇(いちじょうてんのう)の母親であるためです。

国母としての待遇ですね。352

 

 

そのときの詮子の心の中はどうだったでしょう

父・兼家始め兄弟たちは

「我が家の誉れ」354と喜んでいた事でしょうが

やはり、円融天皇の女御時代に

「夫に愛されなかった妻」としての

悲しさ・辛さは消えてはいなかったのではないでしょうか?259

 

 

 

だからといって、メソメソしているようでは

この時代の「女丈夫」は務まりません。358

むしろ、父親にとっても男兄弟タチのためにも

「一家の大黒柱」となるのは

女性の仕事だったのです。91

 

 

幼い一条帝の摂政として祖父である兼家

采配を振るう傍らには65

詮子が双方の「橋渡し」的存在として

活躍していたのは明らかです。 221

 

そして、その後 

 

 

続きは     また。






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