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悪妻と呼ばれても・・・―夏目鏡子―

今でこそ=平等」で夫婦といえども

独断で大事な物事を決める事はないでしょうが

明治時代は「家長」208である夫が決定権を持っていました。

 

 

 

「教師」黒板としてではなく、「作家」87として

文筆業の仕事をしたいと望んでいた漱石は

その頃誘いを受けた「朝日新聞」新聞紙に専属する事になります。

この勧誘に際しても漱石は「家族を養える」だけの保証アップロードファイルをとります。

ナントカ詐欺に騙される現代人よりもずっと慎重居士ですね。

これで、長年の貧乏暮らしからやっと開放されます。ほっ

なにしろ、教師時代は月に120円(約60万円)の収入がありましたが

以前の借金を返済したり、姉に援助したり、

挙句の果ては養父にたかられたり・・・441

生活は「火の車」41。夫人は質屋通いもしています。

 

 

その後生活が楽になったのもつかの間

漱石の「胃」の持病が悪くなって入退院を繰り返し,100

療養先の修善寺で「大喀血」。危篤状態に陥ります。

少しも気の休まる時がありません。452

そして、この胃病(胃潰瘍)が悪化して亡くなるまで282

夫人はずっと看病して

漱石を励まし続けました。339

 

 

 

ここまで見てきて、鏡子夫人が「悪妻」と呼ばれるのは

どうしても腑に落ちないので別の所から推測してみたいと思います。

 

 

 

まず、最初に書いたように夫に対して理解が無いと言うのは

夫が独断で物事を決めるのではなく、

大事な事は鏡子夫人の意見も尊重したからではないでしょうか?

今なら「アタリマエ」の事でも当時は

「夫に意見するトンでもない妻」むかーと、なるのかも知れません。

「ヒステリー」にしても最初は精神の不安定から出たにしても

その後は漱石の「頭の具合」でそう感じただけかも????

真実は御本人しかわからない事ですが。。。。。

 

 

 

晩年は漱石の「頭の具合」も大分良くなってきて

優しい言葉もかけていたようですし266

漱石にとっては短いけれども

お幸せな御夫婦308 だったと思っています339

 

次回は「偉大なるヤキモチ夫人」のオハナシ    の予定です。





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| 歴史斜め読み | 07:59 | comments:2 | trackbacks:0 | TOP↑

COMMENT

夏目漱石夫人のヒステリー話は案外、周囲の偏見や誤解が招いているのでしょう。
サービス精神で書いた、漱石の女房ネタが原因かもしれませんね。
本当に了解がないと、女房の悪口の様なものは書けないものですよ。

私が身を持って証明しています。
少し痛い証明ですが(涙)。

| 金魚参番 | 2009/06/01 17:34 | URL |

金魚参番さんへ

ヒステリーと言っても、今のような「感情の起伏」というよりも「情緒不安定」気味のところはあったようです。やっぱり、夫の「神経症」が伝染ったのかもしれません。。。。


夫人は「悪妻」と言われても動じない肝っ玉の据わったひとだったと思います。

| イェモン | 2009/06/01 21:26 | URL |















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