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愛と憎しみの狭間―お市の方―

この当時の女性は嫁いだからといっても
後年のように「婚家に従属」するものではなく
(この様な考えも江戸時代に始まったのです)
あくまでも、『実家の代表者』という立場でした。
だから、お市がとった行動は至極当然のことでした。



やっとの思いで逃げ帰った信長は
裏切った浅井を攻める決心をします。



その時のお市の気持ちはどうだったでしょう。 
兄と夫が敵対する。流血 黒
それも、文字通り命懸けで 



現代では考えられない状況です。 えーん



お市が織田家のスパイで
浅井家の行状をリークしたという見方も出来そうですが
戦国女性が当然すべき事をしただけです 292


だからといって、お市が長政を愛していなかった訳ではなく
「それが戦国時代」だったんです。


信長は「先に朝倉、浅井の篭城を許し、公然と対抗した」という理由で
比叡山の焼き討ちをしました。
老若男女無差別に
「女人禁制の叡山に女・子供がいる筈がない」と
(云われてみれば成る程と納得するのは現代人だから?)
当時としては前代未聞の大事件です。 


邪魔者を倒した信長は近江に進軍してきます。
浅井家の不運は頼みにしていた
武田信玄が援軍に駆けつける途中で病死したり、 病院マーク
同盟の朝倉家が余りに不甲斐なく 矢印
頼りにならなかった事もあげられます。


決戦前にお市は長政と別れ、
三人の女児206を連れて信長軍の元へ帰ります。
男の子は「父親の物」205なので、連れては行けません。



戦況は周知の通り信長が勝利しました。314

長政が密かに逃がした息子は後に捕らえられ殺されます。


そして、翌年の正月
新年の宴で床に飾られたのは―

薄濃(はくだみ)にされた
朝倉義景・浅井久政・長政三人の首 がいこつ
所謂頭蓋骨に漆を塗り、金を貼った物です。



それを知ったお市の心は如何ばかりでしょうか 汗



続きは、また来週
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