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歴史を変えた親子―聖武天皇と孝謙(称徳)天皇―

修学旅行で京都・奈良方面に行けば必ず見学する
『大仏』サマを建立した聖武天皇
その娘である 孝謙(称徳)天皇


この二人は「特別な天皇」でもあります。    何故か362






それまでの歴代天皇は全て
皇族同士、もしくは皇族と中央豪族の間の子供でした。511


ところが、二人とも母親は
藤原不比等の娘です。



「藤原氏」とはご存知のように、
中臣鎌足が天智天皇に賜った姓ですので云わば「新興貴族」。
代々続いた中央豪族に比べその身分は決して高くはないのです。


そこで、二代目の不比等が娘を次々皇室に入内させる。
生まれた皇子が又、「藤原家」の娘と―――


平安時代に続いた「後宮政治513の始まりでもあります。 


文武天皇時代に後宮に入れる年頃の皇族が居なかったのも理由の一つではありますが
その閑暇を逃さなかった不比等もサスガです。451

しかも、聖武天皇が生まれた同年に有名な女傑「橘三千代」との間に
女児(後の光明皇后50)が生まれるなど、抜目がなさすぎです。


この当時は『異母兄弟は他人』でしたから、
伯(叔)父、姪。伯(叔)母、甥の結婚も不自然ではありません。
むしろ上流階級ではアタリマエでした。

という訳で、前回、文武天皇のところにスペースを空けた理由は
それまで天皇家が神事を行う際の官僚(勿論政治的な発言力はない)
単なる「神祇官」でしかなかった家系が
「天皇家の血筋」に入った瞬間だったのです。 28


次回は孝謙(称徳)天皇について・・・

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| 歴史斜め読み | 17:03 | comments:2 | trackbacks:0 | TOP↑

COMMENT

面白い、、、。

天皇家については、、、。僕なりの、意見もありますが、面白いです。イェモンさんの考察も、、、。

僕は、「右。」の連中がうるさいので、最近は書いていません。

ただ、天皇家については、いつか、きっちり書くつもりでいます。

また。

| 光隆[こうりゅう。] | 2009/02/21 18:08 | URL |

光隆さんへ

オンナが考えた「女の歴史」っていうのに興味があります。

この時代の女帝は決して「中継ぎ」ではないと・・・勝手に判断しています。

| イェモン | 2009/02/21 21:22 | URL |















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