最近は我が身内でゴタゴタが続き
ちょっと飛び飛びの更新になってしまいますが
頑張って淀殿の人生を
面白おかしく推理したいと思います
宿敵(?)秀吉の側室になった訳は
それこそご本人にしか分かりませんが
ワタシとしては前回の
「その3」だったら
物語としても面白いだろうと思います。
それにしても、もし本当に親の敵討ちのためだったとしたら
その執念深さは・・・・怖ろしい~~~

でも、それ位の人だと却って尊敬してしまうかも!?
ワタシは一晩寝ると殆どスッキリ忘れるタイプなので
その辺のオンナゴコロは理解不能ですが・・・( ̄▽ ̄;)
意外な所で
「その2」の妹達に遅れを取って焦った!!
これはこれで
「オンナゴコロ」
の複雑さを醸していますね~。
遅れを取り戻すには誰よりも立派な
「婿殿」を!!
当時は秀吉以上の人は天下に居ませんから
さぞかし胸がス~~~っとしたでしょう。

きっとお茶々としては色々な思惑が重なって
ある意味
「擬似恋愛」
のような気持ちにもなったかも?
天下一と言われる男に言い寄られるのは
やっぱり悪い気分じゃないでしょうから~。
結婚(?)秘話はこの辺にして
それまで子供が居なかった秀吉に
跡継ぎを産んだという

事柄について妄想したいと思います。

尤も秀吉に実子が居なかったかというと
そうではなくて
幼いうちに亡くなってしまったようで
成長した実子が秀頼ただ一人だったわけです。
だから
秀吉に子種が無い筈なのに
お茶々が続けざま懐妊したのがアヤシイ!(`・ω´・)+
というのは間違いのようです・・・・・・が
それでは面白くないので俗説を幾つかあげてみます。
石田光成 大河を観ていると光成はお茶々に対して
好意以上の気持ちがありそうです。
実際はどうだったんでしょうね~。
彼の場合ドラマのようなお茶々に対する気持ち以上に
単なる
「秀吉・命」
の人だったような気がします。
大事な主君の子供だからあれ程入れ込んだのではないかな?
高桐且元 この人は浅井家家臣の息子ですから
滅亡してしまった元主君の忘れ形見として

お茶々に対して普通以上の思い入れがあったかもしれません
光成よりもずっと可能性は高そうです。
大野治長 こちらはお茶々の乳母大蔵卿局の息子で
母親共々秀頼にも側近として仕えています。 お茶々とは
「乳きょうだい」の間柄で

いわば
「幼馴染」でもあります。


また、後の世でも二人のただならぬ関係が噂されたとか・・・
候補者としてはこの人がナンバー1でしょう。

このように様々な場面で推測するだけでも
なんとも
華々しい経歴
の持ち主ですね~。
実際は
秀頼は秀吉の子供で間違いないと思います。

でなければあれほど強行に徳川に対抗しなかったでしょう。
それが却って
お茶々と秀頼の不運だったかもしれません。
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「淀バス」~~!
分からなくてググってしまいました~!(;^_^A
「ヨドバシの絵が描いてあるバス」ですね~!
週末から月曜に掛けての過ごしやすさは何処??というくらい
今日は朝から猛暑でした~~~
節電も大事だけどそのために体を悪くしては
本末転倒のような気がします。
本当に原発が無くては電気が足りないのかな~?
あの計画停電みたいな「脅し」じゃないかと思ってます(#`皿´)
秀吉には「秀勝」よいう息子がいました。
その子が夭折したので哀れに思った信長が息子を養子にくれます。
そしてその子に「秀勝」と名付けるも早世してしまうので
姉の子に「秀勝」の名前を継がせる・・・という逸話があります。
それがあのお江の二度目の旦那様ですね~!
淀殿ことお茶々は江戸時代には嫌われていたようで
天下の将軍様に楯突いた!というのが理由でしょう。
だからあらぬ艶聞も囁かれたのではないかと推理してます。
お茶々の通称「淀君」という「君」は実は蔑称なんですね。
みいみいさんは執念深いんですか~!?
そうは思えませんけど・・・(^o^;)
ワタシは仕返しするよりも
スッパリ切り捨てるタイプですね~。