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終わりのとき~平時子~

関東では桜もすっかり葉桜になり

花見の季節もお終いという感じです






お終いといえば飛び飛びになっている

平時子のお話もそろそろ終らせないと!!(;^_^A








清盛亡き後平家にとっては悲劇の連続でしたね!

源義仲に倶梨伽羅峠で破れ都を追われ

後白河上皇と安徳天皇を一緒に連れて行こうとしますが

時子が産んだ跡取りの宗盛が連れ出すのに失敗して

仕方なく安徳天皇だけを連れて都を離れます





思えばこの時上皇を連れて行けなかった事

後の平家滅亡という悲劇に繋がるんですね~。





都に残った上皇は義仲の無頼振りに辟易して

次に頼ったのがあの鎌倉に居る源頼朝です






頼朝の命を受けて異母弟の義経が

壇ノ浦に追い込んで平家を責めました

時子も最期の時を迎えるわけですが

その時に安徳天皇と共に海に入ったのは

生母の建礼門院徳子ではなく

祖母である二位の尼と呼ばれる時子でした




「海の底にも都があります」という名台詞を残して・・・





時子と一緒に海に沈んだ安徳天皇も

三種の神器の一つである御神鏡も

浮かび上がってきませんでした




朝廷側からは「婦女子の身の安全」

「三種の神器を全て取り戻す」といわれていながら

義経はそのどちらも果たすことが出来なかったんですね




何故朝廷が神器に拘ったかというと

譲位に当ってはこの神器が揃って

次の天皇へ渡すことになっていたので

これを全て持ち出した平家としては

連れ出した安徳天皇が正当な天皇である証とともに

上皇側が新たに天皇を擁立出来なくしてしまったんです







時子の最期は見事ですね~!

平家の終りにきちんとけじめをつけた。。。というか

それだけでなく一つの大きな時代に幕を引いて

鎌倉へ、本格的な武家の時代へと移り変わっていきました




今日の大河では義経の生母である

常盤が出てきましたね~!

この常盤との間に出来たのが義経

正室の子である頼朝との確執も垣間見られるようで

今後の「清盛」も面白くなりそうですが

来週はいよいよ中井貴一さんの忠盛が・・・・あぁ!!
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| 家族の徒然 | 23:53 | comments:4 | trackbacks:0 | TOP↑

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