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真夏の夢~淀殿~

関東地方は猛暑が続いていますが

まだ梅雨明けは・・・してないよね!??σ(^_^;)?





いよいよ大坂夏の陣で

お茶々親子も最期を迎えますが

ここでも大いなる誤算があったようです。






人質として輿入れしてきた千姫。

彼女が居るうちはまさか本気で攻撃してくるとは・・・

思ってもみなかったかもしれません。( ̄▽ ̄;)

戦国時代では婚家と実家が争った場合

輿入れしてきた姫は実家へ帰されるのですが

最後の最後まで千姫を手元に置いています。




それでも一向にお江サイドからの助命が無い!

そうなった時にはどう思ったでしょう

「死なばもろとも」とばかりに

千姫の側を離れなかったという説もあります。

一時は徳川方も千姫は諦めていたかもしれません。







結果はというと

秀頼とお茶々の助命嘆願のため

千姫を大坂城から出す事にしますが

徳川は千姫が手元に戻った途端に総攻撃!!





千姫が城を出るときに炎の中を

わが身を省みずに救出したと言われる

坂崎ナニガシの逸話は眉唾です!(`・ω´・)+

千姫はあくまでも大坂方の使者として

交渉する為に出て行った
のです。





お茶々と共に豊臣の血筋は

ここで途絶えてしまう事になりました。





尤も秀頼には側室との間に子供が居て

男の子は捕らえられて殺されますが

女の子は尼僧として鎌倉の東慶寺に入ります。





余談ですが「縁切り寺」として有名なお寺ですが

その縁切り法を確立させたのが

天秀尼となった秀頼の娘です。





豊臣家滅亡となった大坂の陣は

お茶々にとって「両親の敵討ち」を果たしたのか?

秀頼を擁立して豊臣家の栄華を続ける夢が適わなかったのか?

どちらにしても悲劇の最期である事に変わりはないでしょう。
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