ちょっと寄り道しませんか?

愚痴や気が付いた事等を書いていきますのでちょっと寄ってってね♪

2011年05月 | ARCHIVE-SELECT | 2011年07月

| PAGE-SELECT |

≫ EDIT

最大の失策~淀殿~

先週末から昨日の月曜日まで

目の回るような忙しさでしたが

今日からいつも通りの生活に戻りました!

でも戻った途端にこの暑さ

真夏がやって来たらどうなるのか??







秀頼も無事に(?)秀吉の子種であろうと

推察が出来たところで次は

いよいよ秀吉の没後から大坂落城までですが

ここでお茶々が犯した最大の失策は





秀吉の正室北の政所(ねね)を

大坂城から出してしまった事です。






何故そんな事をやってのけたのか?






北の政所は関白の正室という事で

朝廷から位を貰っているのですから

お互いに手を組んで秀頼を跡継ぎに擁立すれば

家康といえどもおいそれと手出しは出来なかったかも?






お茶々は秀頼の生母とはいえ

無位のいわば側室にすぎません。

北の政所が居る限り秀頼の母という立場は

彼女の物にはならなかったんでしょうね。





秀吉を巡って正室対子供を産んだ側室

女の戦いがあったのではないかと推測されます。

そして、この時点で敗北したのが

大坂城を後にした正室北の政所・・・・





ここで疑問ですが

お茶々は北の政所を追い出してまで

秀頼の後見人という立場が欲しかったのか?

大坂の陣を見る限りでは

秀吉亡き後その権力を我が物にしようと

躍起になっているようにも思いますが






もしかしたら





ただ単に北の政所と共に

二人の母親で居るのが耐えられなかった

我が子秀頼を独り占めしたかったのかもしれません

今でも息子に対してラブラブ

お嫁さんと対抗しようとするお母さんがいるらしいですが

案外お茶々はそういうタイプの母親だったかも・・・と

考えて見るとまた面白いお話が出来そうです。
スポンサーサイト

| 歴史斜め読み | 22:24 | comments:2 | trackbacks:0 | TOP↑

| PAGE-SELECT |