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2009年09月 | ARCHIVE-SELECT | 2009年11月

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真の権力者(?)―東三条院詮子―

我が家では何を決めるにも

ワタシの発言力がモノを言います。91

本当は人任せにしてのんびりしたいのに・・・・48

良いんだか悪いんだか・・・・・・・・・・・・・・7

 

 

 

当時の天皇には数多の女性343が侍って

それぞれが「実家」のために皇子を産む事に必死でしたが

「正妃」と言われる皇后(中宮)は一人だけ513

やはり女御などと比べると正妃自身の

権威・権力は段違いですから。

 

 

 

それまでの一帝一后を覆して

彰子を中宮の地位に就けたのは20

やはり母后の発言力が大きかったと思います。321

この事から見ても道長の栄光を作ったのは

姉・詮子だと言っても過言ではないでしょう。

 

 

ここで、史上初の一帝二后が誕生しました。

皇太后     遵子

皇后    定子

中宮    彰子             です。

 

 

 

その後、お産で定子が亡くなってしまうと282その怨霊を鎮めるため37

忘れ形見の媄子(びし・よしこ)内親王を手元において育てたり511

彰子を同じく定子が生んだ敦康(あつやす)親王の母代わりにしておいて

万一彰子に皇子が産まれなかった時にも

他家へ権力が移らないように気を配っていきます。21




続きは     また。




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