9月も今日で終り、幼稚園も明日から衣替えです。
今日は朝からじぃちゃんがコブを診てもらいに
某私立病院へ行く日でした。
ワタシは会社でドキドキしながら
「もしかしたら病院から電話があるかも~~」と
仕事も手に付かない有様でした。(いつもの事)
別に急を要する事も無く、普段通り帰宅してから
診察結果を聞いてみると
「もう少し様子をみましょう~」との事。
まぁ、暫くは放っておいて差し支えない様子でした。
それでも邪魔臭いので
涼しくなったら手術するつもりです。
割と簡単な手術なので「日帰り」OKらしいですが
年齢を考えると入院した方が安心かと
これから家族で思案していきます。
本当に「大した事」がなくて幸いでした。
まだまだじぃちゃんには長生きしてもらわなくちゃっ!
新製品や珍しい物が大好き!なワタシですが
“復刻版”という言葉にも目がありません
今日見つけたのがコレ
タダのサイダーですがウルトラマンの模様が気になって・・・・
自販機を見てみると
「ウルトラシリーズ」ヒーロー達の模様が有るようです。
一口飲んだ感想ですが
「甘いっ!」
昔のサイダーってこんなに甘かったっけ??
ナンかね「ラムネの味」とか書いてあったので
期待していたんですけど
炭酸もそんなに利いてないみたいだし・・・・
やっぱりダ◎ドーだから
期待したのが間違いでしたか????
最近我が家のチビ達が一番のお気に入りは
こちら
謳っているのは今話題の子役加藤清史郎(かとうせいしろう)君です。
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主役の直江兼続の幼少時代を演じていた子
といった方が分りやすいかもしれません。
NHK「みんなのうた」というワタシが子供の頃からやっている
超長寿番組(?)で人気の一曲です。
「たいやきくん」以来の名曲といっても
過言ではないと思えるくらいの出来栄え。
こちらは現役(?)の子供が歌っているだけに
愛らしさもより一層際立っています
ところで、へそ曲がりの天邪鬼である
ワタシから憎まれ口を言わせて頂ければ
「♪猫に~生まれて良かったよ~♪」という歌詞で始まりながら
「♪かつおぶしだ~よ~~、人生は~~♪」って
猫は人生じゃないじゃんっ!
実際こう発言したところ
家族中から顰蹙をかってしまいました
昨日の運動会ではしゃぎすぎたせいか
疲れが抜けないで困っています。 トシだね。
当時、兼家が摂政として
一人で政界を牛耳っていたような印象ですが
皇太后となった詮子の協力がなければ成り立たなかったと思います。
一条天皇の元服と同時に
長男道隆の娘定子(ていし・さだこ)を入内させ
権力の足場をがっちり固めます。
因みにこの定子の女房(女官)の一人が
有名な清少納言で
「枕草子」はこの女房時代のエピソードですね。
その後、父兼家が死亡した時も
普通ならば後ろ盾を失って詮子の権力は弱体化してしまうのですが
その気配すら感じられません。
むしろ、兄弟たちの後ろ盾としての地位を
動かぬものとして確立させていきます。
続きは また。
今日はチビ達の幼稚園で
運動会でした。
早朝5時半起床でお弁当作り!
出来上がりはこちら
朝のうちは曇り空でしたが
午後にはお天道様が出てきて
暑いになんのって・・・・日焼けが・・・アウッ
今年はおねぇちゃんが年長さんなので
恒例の「組立体操」をやりました。
客観的に見ると幼い技の数々ですが
身内が見る限りは「立派」なもんでした。
クラス対抗のリレーでも
他のクラスを周回遅れにする勢いで
ぶっちぎりの一等賞っ!!
おとぉとのお遊戯も「夕涼み会」の時とは
打って変わって皆と揃って踊れました。
親子ペアの障害物競走でも
2番目というまあまぁの成績(4人一組)
毎度の事ながらこういう「演技」とかを見ると
子供の成長振りに
ガラにもなく目頭が熱くなります
一般的に女性の執念深さはヒトシオとか言われますが、
ワタシは記憶力が悪いせいか
一晩寝たらコロっと忘れてしまう事が多いようです。
父・兼家だけではなく詮子自身にとっても
待ちに待った我が子懐仁の即位です
以前、立后(皇后を決めること)に敗れたこと
嫌味を言われてきた日の屈辱
それらを全て払拭させるかのように
詮子は皇太后の位につきました。
これは、円融天皇の妻としてではなく
今上帝一条天皇(いちじょうてんのう)の母親であるためです。
国母としての待遇ですね。
そのときの詮子の心の中はどうだったでしょう
父・兼家始め兄弟たちは
「我が家の誉れ」と喜んでいた事でしょうが
やはり、円融天皇の女御時代に
「夫に愛されなかった妻」としての
悲しさ・辛さは消えてはいなかったのではないでしょうか?
だからといって、メソメソしているようでは
この時代の「女丈夫」は務まりません。
むしろ、父親にとっても男兄弟タチのためにも
「一家の大黒柱」となるのは
女性の仕事だったのです。
幼い一条帝の摂政として祖父である兼家が
采配を振るう傍らには
詮子が双方の「橋渡し」的存在として
活躍していたのは明らかです。
そして、その後
続きは また。