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温泉旅行記

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宿を出て、帰りのバスまでお芝居見物。

ワタシ達はパスしてお散歩に行きます(b^ー゜)♪
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| 家族の徒然 | 09:17 | comments:2 | trackbacks:0 | TOP↑

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最後まで謎を残して・・・―推古天皇―

例えば、ワタシに莫大な財産61があって、子供が居なかったとしたら

その財産をどうするか・・・・・・・236

ほんの少しでも血の繋がった人に譲りたいと思うのではないでしょうか?

 

 

子供達に先立たれた推古天皇ですが

蘇我氏の血を一番濃く継いでいるのは山背皇子20

しかし、山背皇子に後を任せるのは不安です。

蝦夷や豪族達と対立するのは目に見えて明らかですから。

そこで、俄かに浮上してきたのが刀

 

田村皇子(たむらのみこ)

物部守屋戦で行方不明になった押坂彦人(おしさかのひこひと)皇子の息子です。

 

今更何故この皇子が出てきたかというと

田村皇子の正妃は宝皇女(たからのひめみこ)後の皇極(こうぎょく)天皇です。513

この、宝皇女の母親の吉備姫王(きびのひめのおおきみ・きびのひめのみこ)

父親が桜井皇子(さくらいのみこ)といって推古天皇の同母弟です。205

 

皇太子の子供と現女帝の弟の孫の夫

血筋では断然山背皇子ですが

女帝の心の中に「小姉君(おあねのきみ、堅塩媛の妹)の血」を引いて

しかもやる気満々91の山背皇子よりも

大人しくて蘇我家の邪魔をしないであろう

田村皇子の方に416気持ちは傾いていたようです。

 

その、死の間際に田村皇子に対しては

「天皇(大王)となり、国家の基本を整え、総ての政治をとり

民を養いはぐくむ事はいうまでもなく安易に話すべきものではない」

そして、山背皇子に対しては

「そなたは未熟者である。心に望んでいる事があっても

感情に任せず必ず群臣の意見に従いなさい」

言葉を残しています。321

 

それでも、皇位に未練がある山背皇子はこの言葉を

「自分が皇位に就く権利がある(群臣は自分を後継者と認めている)と解釈して21

蝦夷たちと争い、やがて滅亡へ。。。。40

 

 

女帝の一言は最後まで謎を含んでいたようです。



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次回はちょっと趣向を変えてみたいと考えています。

お楽しみに345

 

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