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とっても美人な(?)初代女帝―推古天皇―

我が国最初の女王サマというと思い浮かぶのが

卑弥呼 クラウン・・・・・ですよねぇ


でも、このお方は意外なことに日本の「記・紀」 122(古事記・日本書紀)には

記述がないため(でも魏志倭人伝では登場している)その居場所自体、

現在も「畿内説」とか「九州説」とかはたまた「四国説」まで出て来る有様です。




「記・紀」でいう初めての女性天皇とは





推古天皇です 32 (当時は天皇ではなく、大王・おおきみ)








他にも「神功皇后」「飯豊皇女」が居ますが

お二人とも残念な事に「天皇」とは記されていません。↓





推古天皇。本名は「額田部皇女」(ぬかたべのひめみこ・額田部で育った)

「豊御食炊屋姫」(とよみけかしきやひめ)といいます。371


豊御食炊屋姫という名前については

○炊屋つまり炊事場に関係するので食料が豊富で食べ物に困らない立場の人

○食料に関係しているので料理が上手い、もしくは上手い侍女がいた女性

という見方も出来ますが




ワタシは“豊御食”と言う所から神に供する食事の奉仕をする 

巫女的な名前ではないかと考えています。神

古代の天皇(大王)は政治はもとより

「神事を執り行う」役目も大きかったようです。




名前はさておき、推古天皇はたいへんな美貌352の持ち主でした。
(前回といい、ワタシは美人に対しての嫉妬心でもあるんだろうか???)

日本書紀にも「姿色端麗」―みかお(顔)きらきらしく―と書かれています。

「きらきら」とは実際に光っていた訳ではなく、(それじゃカオアブラ)

美しいものの表現として使われる言葉です。(眩しいくらいっ!)




歴史に堂々とその美貌が讃えられる女帝は他に・・・・・・

一人居ますが、その人については又の機会に語りたいと思います。




それ程の美貌の女帝は父が欽明天皇(大王)リトルプリンス王様

母は蘇我稲目の娘堅塩媛(きたしひめ)

欽明帝との間になんと男六女ももうけています。

堅塩媛の弟が古代随一の政治家蘇我馬子です。




欽明天皇は蘇我稲目のもう一人の娘小姉君との間に

四男一女が生まれています(一女は聖徳太子の生母)




根っからの「政治権謀一家」の血を引いて生まれた 

額田部皇女が年頃になって結婚した相手とは― 343





続きは、   また。

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