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落城と共に消え―お市の方―

ずっと前に「社員旅行」で金沢・北陸方面に行きました。
10月の終わり頃だったのですが
「寒い」のと「雨が良く降る」と言う印象が残っています


お市が嫁した「越前北の庄」
まさしくそんな所だったんでしょう。 276



輿入れ後、まもなく秀吉との間が険悪になりますが、 
越前は雪に埋もれ身動きが取れなくなります。†XmasOrns†ロゴ#01/雪の結晶04-03(*゜▽゜)ノ
水分が多く、重たい雪だと
観光バスのガイドさんが言っていました。



勝家の甥の勝豊を仲間に引き抜いたり
これみよがしに信孝の居城を包囲したり・・・・ 



気持ちは焦っていても、雪が溶けなければ出陣できません。刀


やっと、同盟の前田利長(前田利家の息子・この親子は曲者ですっ!)が
雪を踏みしめ出陣したのが天正11年2月でした。
3月になって続々と柴田に与する大名と、
勝家自身も3月4日には北の庄から出陣します。515

戦についてはご存知の通り、
「あわや」という所まで追い詰めながら
勝家は敗れてしまいます。




そして北の庄での決戦
いいえ、「決戦と言う名の負け戦」が始まり
いよいよ最後。という間際に
お市親子に城から出るよう勝家が促します。



戦に破れた以上、城から逃れても
お市がこの後「織田家」の再興をする事は不可能です。
それよりも、城を出れば秀吉が狡猾に擦り寄って来るであろう事も ごりら
耐えられなかったに違いありません。


彼女は勝家と共に戦い、敗れ
城と共に死ぬ事を選びました。


     さらぬだにうちぬるほどの夏の夜の
             夢路をさそふほととぎすかな
                           お市の方


     夏のよの夢路はかなき跡の名を
             雲井にあげよ山ほととぎす
                           柴田勝家




2人の辞世の歌です。
お市にとっても、勝家にとっても
「織田家再興」は夏の夜の果敢無い『夢』だったのでしょうか・・・・・





この歌を手に城を出た 
お茶々 

お初

お江
三人姉妹もまた
波乱の生涯を送るのですが。。。。。。

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