ちょっと寄り道しませんか?

愚痴や気が付いた事等を書いていきますのでちょっと寄ってってね♪

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ライヴじゃなくても

今日は会社の健康診断に行って来ました
場所は毎年恒例の横浜アリーナです!

集団検診なので時間指定があって
私は午前11時30分~になっていました
朝からご飯食べないでこの時間の検診は
食いしん坊の私にはツラいですね~

先月終らせてしまった上司から行く前から
「何時に戻って来るの?」と聞かれ
帰り道でちょっと軽食・・・という訳にも行かず
すぐに電車に乗って戻らなくてはいけないんです

空きっ腹にバリウム飲んで気分が悪くなった所で
ガッツリ電車に揺られるともう・・・(´;ω;`)サイアク!
なので(?)今年は行く前に一口サイズのお菓子を買って
お行儀悪いけど食べながら帰って来ました

事務所に戻るとすぐにお弁当食べたら
結構食べすぎで苦しくなっちゃいましたけど
バリウム出すために水分をたっぷり摂らないとね!

せっかく朝食抜きで体重が少~し減ってたけど
これじゃぁ元の木阿弥どころか
却って体重増えてそうな予感が・・・・
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| 雑談アレコレ | 15:07 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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王朝の母?~橘三千代~

フィギュアスケート男子で羽生選手が金メダ
宇野選手が銀メダルという快挙で
益々盛り上がって来ていますね~!

文武天皇亡き後を継いで母の元明天皇の孫である
首皇子のオクガタにはわが娘安宿媛ですから
いよいよ「我が家の時代」到来ですが
ここで大ドンデン返し!?w(゚o゚)w
まさかの元正天皇の登場で暫くオアヅケです

それでも三千代は不比等が亡くなってしまっても
藤原家の屋台骨が揺るがないように
不比等の息子たちと共に後の文武天皇と
娘の安宿媛を支えていきましたヽ( ̄д ̄;)ノ=3=3=3
おかげで皇族出身でなければなれなかったのに
半ば強引に初の藤原家出身の皇后にしました

何故こうまで「橘氏」ではなくて
敢えて「藤原氏」をバックアップしたんでしょう?

既に朝廷においてそれなりの地位を築いた藤原氏の方が
頼りになると考えたんでしょうか?
でも息子の諸兄も文武朝廷では大臣になっていますから
どっちに権力が行っても「自分の身内」若しくは
それに近い間柄・・・という訳なんでしょうかね~
本当に抜け目のない人だと思います

その後の藤原氏の派手な様子に比べて
中々目立たない「橘氏」ではありますが
それなりに歴史に影響を与えていますから
やはり三千代さんは侮れません!
ある意味「日本の礎」を築く事に
かなり関与していた人ではありますね~(#^.^#)

物凄い駆け足ですけど
私にとって橘三千代の人となりが
少し見方が変わった???(゚Д゚≡゚д゚)エッ!?

いや!やっぱりちょっと苦手だわ!

| 歴史斜め読み | 00:23 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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真相は謎!?~橘三千代~

何だか今月は慌しいと思っていましたが
2月は日にちが少ないからそう感じるんでしょうか?
それとも歳を取ると月日の経つのが速く感じるから??

不比等の娘・宮子が皇子を産んだ後で
何故か心的障害に陥ってしまい
長いことわが子にも対面しなかったとか・・・

穿った見方をすれば「幽閉」されていたのかも??
という説も有るような無いような。。(*`・з・´)ドッチダヨ!?
当然ながら真相を知っている人は誰も生きていないので
人それぞれの解釈があって良いとは思います
彼女が元気では都合の悪い人も・・・ゲフンゲフン!

それはさて置き(え?)首皇子はいわば
藤原氏出身の娘が産んだ子で
それまでの天皇は母方が皇族であるというのが
即位するときの重要条件だったので
異例の出来事なんですね~

正式な皇后(皇族出身が条件)が居なかった(こちらも諸説アリアリ)文武天皇には
藤原氏出身の宮子の他のオクサマとしては
石川氏出身の刀子娘と紀氏出身の竈門娘が居ましたが
二人とも理由は分かりませんが
突然その地位を剥奪されてしまいました

因みに藤原宮子は「夫人」で後の二人は「賓」
位の順で言えば「妃」「夫人」「賓」と続きます

どうしていきなりそんな暴挙(?)に出たか?というと
やはり刀子娘が産んだ二人の皇子に対する牽制でしょうね
位は宮子の方が上でも石川氏は持統天皇の祖父に当たる
倉山田石川麻呂と遠い血縁でもあったのかもしれません

この処遇に関しては三千代も何らかの形で関係ありそう
だってライバルの皇子が居なくなってしまえば
跡を継ぐのは宮子が産んだ首一人!
しかも乳母は自分!
自分が産んだ娘も一緒に手元で育てれば
いずれはおキサキの一人に上げる事も出来る!!
何て磐石な布石でしょうね~
自身の出産さえも武器になるとは運が強いとしかいえません!

こうして長年皇室に仕えたご褒美として頂くのが「橘」の姓です
ですから正式には 「県犬養橘三千代」という
長ったらしい名前になったんですね~

余談ですがこの時代に天皇から姓を下賜されるというのは
それはそれは名誉な出来事でしたので
前夫の美努王との間の子である葛城王と左為王も
後々「橘」の姓を名乗っていますね

さ~いよいよ橘三千代として忙しく立ち回り
まさに「わが世の春」といった時代がやってきそうです!



つづきはまた!

| 歴史斜め読み | 12:21 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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紅のタフサギ

バレンタインデーですね~!
私は毎年会社の健康診断と重なるので
巷の「チョコ攻勢」には困ってます(´;ω;`)ユウワクシナイデ!

そんな訳で(え?)チョコとは関係ない話題を!
今日は「ふんどしの日」なんだそうですね!
語呂合わせにしても「ふんどし」とは!

そういえばチョコと一緒に下着を送るとかいうのが
あったような無かったような。。。(´・_・`)キガスル・・
どっちにしろ私には無縁なんですけどね~┐(´-`)┌

この「ふんどし」漢字で書くと「褌」ですが
もうひとつ「たふさぎ」と言うんだそうです

その昔読んだ北杜夫さんの代表作
「楡家の人々」の中にも出てきます!

三女の桃子が海水浴に行った時に出会った大学生(多分)が
赤い褌で泳いでいる姿を見て少女たちが交わした台詞を思い出します
「赤い褌、といったほうが素敵だわ」
それなら、紅くれないの犢鼻褌たふさぎよ」と
明星派みょうじょうはの歌人を父に持つ少女が言った



ここで赤い飛行機に豚が赤フン一丁で乗っている
トンでもない妄想をしたのは・・・・私です(´∀`*;)ゞオハズカシイ・・

| 雑談アレコレ | 12:30 | comments:4 | trackbacks:0 | TOP↑

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都合の良い耳

三連休も終って2月も中盤に入り
連日オリンピックの話題で持ちきりですね

我が家のじぃちゃんは最近特に耳が遠くなったのか
TVのボリュームが物凄く大きくて
部屋の外に居ても耳が痛くなりそうなほどです

だからという訳でも無いと思いますが
こっちの話を聞いているのか居ないのか?(多分聞いてない!)
話しかけても無視されることばかりで
イライラもパワーアップしてくる毎日です

かと言って大声を出そうものなら
「いちいち煩い!」とか「毎日怒鳴ってばかりいる!」とか
逆ギレしてくる有様ですからオチオチ話も出来ません┐(´-`)┌

例えば











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| 介護(?)日記 | 11:57 | comments:2 | trackbacks:0 | TOP↑

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なんという間違い!~橘三千代~

昼間は暖かくなりましたが
夜になって大分寒くなりましたね~
春はまだ遠いんでしょうか・・・

昨日始まった久し振りの歴史話に
とんでもない間違いがありました!
それは・・・当の人物の名前!
橘三千代さんが正しいんです!
決して美千代さんではありません!スミマセン!

正しい名前を表記出来たところで早速昨日の続きを。。

夫の美努王と疎遠になった後で
美千代の新しい夫となったのは・・
藤原不比等です
藤原氏の祖である鎌足の息子
壬申の乱の時には父の鎌足はもう故人でしたが
一族は当然ながら反天武側だったので
字際に戦に参加しなかった不比等も
それまで中々表舞台で活躍出来なかったでしょう
ここで天皇家の乳母である女性と結婚すれば
一気に逆転できるだろうと考えたのでしょうか?

三千代としても天皇家の中で働けるとはいえ
家柄的にその身分には限度があったでしょう
元夫の美努王は天皇家の血筋とはいえ
主流からは外れていた事でしょうし
野心満々の不比等と組んだ方が
三千代としてもメリットがあったのかもしれませんね
いずれにしても人を見る目は確かでしたね~!

三千代の後押しがあったかどうか
不比等はドンドン出世していきます
娘の宮子を文武帝の後宮に入れました

文武帝に男児の首(後の聖武天皇)が誕生した頃と前後して
不比等と三千代の間には女児が生まれました
後の光明皇后になる安宿媛です
これで二人はもう「勝ったも同然!」ですね!

当然のように生まれた皇子首にも乳母として仕え
益々天皇家からの信頼も厚くなってきた事でしょう
後は生まれた皇子が大きくなって帝位を継ぐのを待つばかり
そんな順風満帆な毎日ですがとんだドンデン返しが!Σ(ω |||)



つづきはまた!

| 歴史斜め読み | 21:08 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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戌年なので~橘美千代~

夜になって雨が降り出した関東ですが
気温が高めみたいなので
雪にならないのが救い(?)ですね~

今年は戌年という訳なので(え?)
お正月からずっと気になっている人を
ちょっと語りたいとずっと思っていました
久し振りに日本史のお話です!ヽ(≧∀≦)ノ

実は私はこの人が余り好きではなかったんです
飛鳥時代から繁栄してきた蘇我氏から
鎌足をはじめとする藤原氏が取って代わるまでの
実際の功労者と言っても過言じゃありません!
寧ろ彼女が居なかったら平安時代も来なかったかも~?
それ位時代を作り上げた人といえますね!

私は蘇我馬子サマがご贔屓なので
歴史の流れとはいえ。。。複雑。。なんです(´・_・`)

それはさて置き(え?)なぜ戌年にこの人かというと
この方の「橘」という姓は元々ではなくて
当時の元明天皇より賜った由緒ある姓で
出自は県犬養という家なんですね

そこでこの県犬養氏というのはどういう家なのか?
ちょっと調べてみましたところ
天皇家の犬を文字通り飼育する家みたいです

当時の犬は今のようなペット(家族?)ではなく
狩猟犬とか家畜や作物を守るための番犬ですから
やはり無くてはならない存在だったんでしょう
県犬養家は壬申の乱の折に天智側ではなく
天武側の見方をしたという功績で
女官として天皇家に仕えることになります

美千代は最初敏達天皇系の美努王と結婚して
葛城王(橘諸兄)、左為王(橘左為)、牟漏女王を産み
後の文武天皇の乳母として勤める事になります

天皇家の懐に深くかかわりを持つようになった美千代は
最初の夫である美努王とも疎遠になりますが
そんな美千代に近付いて来る人影が!?Σ( ̄。 ̄ノ)ノダレ?


つづきはまた!

| 歴史斜め読み | 22:59 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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